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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10684号 判決

原告

木田幹郎

ほか二名

被告

荒井吉章

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告木田幹郎に対し金六五万八七九六円、同木田みどり及び同木田茂に対し各金三二万九三九八円〔更正決定 原告木田幹郎に対し金八二万四四六七円、同木田みどり及び同木田茂に対し各金四一万二二三三円〕、並びにこれらに対する平成五年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自、原告木田幹郎に対し金一七〇九万〇八七八円、同木田茂及び同木田みどりに対し各金八五四万五四三九円、並びにこれらに対する平成五年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び前項につき仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、信号機により交通整理の行われている交差点内において、自転車に乗つて横断中の女性(当時四九歳)が大型貨物自動車に衝突されて、死亡したことから、その遺族である原告らが損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

木田啓子(昭和一八年一二月二一日生。弁論の全趣旨により認める。以下「啓子」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により平成五年六月三〇日死亡した。

事故の日時 平成五年六月二九日午後一時一五分ころ

事故の場所 東京都府中市白糸台五丁目二五番地先交差点(別紙現場見取図参照。以下、同交差点を「本件交差点」といい、同図面を「別紙図面」という。)

加害者 被告荒井吉章(以下「被告荒井」という。加害車両を運転)

加害車両 大型貨物自動車(ダンプカー、八王子一一や九三二)

被害者 啓子

事故の態様 被告荒井が甲州街道方面から多摩川方面に向けて進行中、本件交差点の手前で、対面する信号が青から黄色に変わつたのを認めながら、停止線で停止しないまま、本件交差点内に進入したため、折から同交差点を左から右に向けて横断中の啓子に加害車両を衝突させた。

本件事故当時は雨天のため、路面が滑りやすい状況にあり、被告荒井は、最大積載量の二倍を超える二〇・三八五トンの積載をした加害車両を運転していたが、事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  責任原因

被告荒井は、加害車両を運転し、自己の過失により本件事故を生じさせたものであるから、民法七〇九条に基づき、また、被告有限会社中商(以下、「被告会社」という。)は、被告荒井の使用者であり、その事業の執行につき本件事故を生じさせたものであるから、民法七一五条に基づき、それぞれ啓子に生じた損害を賠償すべき義務を負う(なお、被告らがともに自倍法三条の運行供用者責任を負うかどうかについては、当事者間に争いがある。)。

3  相続等

原告木田幹郎(以下「原告幹郎」という。)は、啓子の夫であり、同木田みどり及び同木田茂(以下それぞれ「原告みどり」、「原告茂」という。)は、啓子の子であり、原告らは、法定相続分に従い、原告幹郎が二分の一、同みどり及び同茂が各四分の一の割合で、啓子が本件事故により取得すべき損害賠償請求権を相続した(弁論の全趣旨)。

4  損害の填補(一部)

原告らは、自倍責保険から二九二一万三九七七円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  本件事故の態様

(一) 被告ら

被告荒井は、本件交差点に進入するに際し、時速約五五キロメートルで道路を進行中、停止線の手前約五〇・四メートルの地点で対面する信号が青から黄色に変わるのを認識したが、同信号が黄色のまま通過できるものと考え、そのまま進行したところ、啓子が赤信号を無視して加害車両の左側から本件交差点の中央付近に向かつて自転車で進入した結果、本件事故が発生したものである。特に、本件では、加害車両の左側は切通しのほか、樹木等があつて見通しが悪く、被告荒井からは、啓子の姿は樹木等の陰になり、直前まで確認することができなかつたものである上、啓子は、傘をさしていたことも手伝い、左右の安全確認を怠り、信号を無視して交差点内に進入したのであるから、損害賠償の額を算定するに当たつては、啓子の右過失を相当程度斟酌すべきである。

(二) 原告ら

被告荒井が本件交差点内に進入した時点で、対面信号が黄色であつたかどうかは明らかでなく、むしろ被告荒井、啓子双方とも赤の、いわゆる全赤状態であつた可能性が強い。また、たとえ被告荒井の進路左方に樹木等があつたとしても、その高さからして、見通し状況はそれほど悪いものではなく、被告荒井が早期に啓子を発見するのは十分可能であつた。

本件においては、交差点付近の地理的状況や事故当時の時間帯を考えれば、歩行者等が本件交差点を横断する可能性も高かつたのであり、しかも、被告荒井に後続車両はなかつたのであるから、被告荒井は加害車両の積載状況や事故当時の路面状況をも考慮に入れ、当然に黄色信号で停止すべきであつた。

仮に、本件において、啓子が赤信号のまま見込発進したものとしても、被告荒井の右過失に比較して、啓子の過失は軽微である。

2  被告らの運行供用者責任

被告会社は、加害車両の所有名義人であり、被告荒井は、被告会社から加害車両のリースを受け、本件事故当時まで被告会社に対し、リース料を支払つてきたものであり、右代金を完済すれば、加害車両の所有権を取得しうる立場にあつたから、被告らは、いずれも自賠法三条の運行供用者責任を負うというべきである。

3  損害額

(一) 原告ら(請求額三四一八万一七五六円 なお、本件において、原告らは、被告らから治療費としてすでに四六万六四七〇円の支払を受けているので、これについては、損害として請求していない。)

(1) 葬儀費用 四六三万七八八〇円

(2) 交通費 四〇万〇〇〇〇円

(3) 文書(死亡診断書)費 二万〇〇〇〇円

(4) 物損(自転車) 三万〇〇〇〇円

(5) 逸失利益 二五三〇万七八五三円

啓子は、本件事故当時、四九歳の主婦であり、平成四年度女子労働者全年齢平均の賃金センサスによる年間三〇九万三〇〇〇円を基礎とし、ライプニツツ方式により算定。

(6) 死亡慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円

(7) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円

(二) 被告ら

原告ら主張の損害を争う。

特に、葬儀費用、交通費、文書(死亡診断書)費については、相当性を争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様について

1  証拠(乙一ないし一二、一四、一五、一八ないし二〇)に前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、別紙図面のとおり、警視庁府中警察署車返団地駐在所前において、甲州街道方面から多摩川方面に向かう片側一車線の市道(通称白糸台通り、以下「甲道路」という。)と、調布方面から小柳町方面に向かう中央線のない市道(以下「乙道路」という。)とが交差する、信号機により交通整理の行われている交差点である。

本件交差点の四方には、いずれも横断歩道が設けられており、甲道路の西側には、幅員一・五メートルの自転車横断帯が設置されている。甲及び乙道路の制限速度は、いずれも毎時四〇キロメートルである。

被告荒井及び啓子の進路前方の見通しは、直線で良好であり、約一五〇メートル先まで視認できるが、被告荒井の進路左方は、植込み等で見通しが困難であり、その距離は別紙図面〈2〉で〇・四メートル、発見可能地点で〇・六メートルであつた。

また、甲道路から本件交差点に進入するための車両用の対面信号は、青信号二五秒、黄信号四秒、全赤信号二秒、赤信号二三秒、全赤信号二秒であり、これに対し、乙道路から本件交差点に進入するための車両用の対面信号は、赤信号二九秒、全赤信号二秒、青信号一九秒、黄信号四秒、全赤信号二秒のサイクルとなつている(五六秒サイクル)。

(二) 被告荒井は、加害車両を運転して甲州街道方面から多摩川方面に向かい、甲道路の走行車線の中央付近を時速約五五キロメートルで走行していたが、別紙図面〈1〉の地点で、対面信号を見たが青色であつたので、これに従って進行し、同〈1〉地点から三三・一メートル走行した別紙図面〈2〉の地点(甲道路の交差点手前の停止線から五〇・四メートルの地点)に来たとき、対面信号が青から黄色に変わつたのを認めた際、停止することも可能であつたが、被告荒井は停止せず、そのまま本件交差点を通過するつもりで進行を続けた。

啓子は、甲道路の自転車横断帯上の別紙図面アの地点で、調布方面から小柳町方面を向き、傘をさして信号待ちをしていたが、甲道路の対面信号が青から黄色に変わつたのとほぼ同じころ、乙道路の対面信号が赤の状態で、自転車に乗り本件交差点内に向かつて自転車横断帯を渡り始めた。

(三) 被告荒井は、別紙図面〈2〉の地点から三四・七メートル進行した別紙図面〈3〉の地点において、二四メートル前方のアの地点に初めて自転車に乗って横断を開始した啓子を発見し、危険を感じて急制動するとともに、直ちにハンドルを右に切つて衝突を避けようとする一方、啓子も加害車両に気づき、ハンドルを左に切つたが、加害車両がスリツプした状態となり、加害車両の前部と啓子の右側面とが衝突した(そのときの被告荒井の位置は、別紙図面〈4〉の地点であり、別紙図面〈3〉の地点から二五・九メートル進行していた。)。衝突現場は、別紙図面×の地点であり、啓子がいた歩道の最前部の線上から四メートル(別紙図面アの地点から四・六メートル)本件交差点に入つたところである。

なお、現場には甲道路の被告荒井進行方向の路面上に右に湾曲した右前輪のスリツプ痕が一九・〇メートル残されていた。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  右を前提とすれば、別紙図面〈2〉の地点から停止線まで五〇・四メートル、別紙図面〈2〉の地点から衝突地点(別紙図面〈4〉)まで六〇・六メートル(三四・七+二五・九)であるから、被告荒井の時速が約五五キロメートル(秒速約一五・二八秒)とすると、停止線まで約三・三〇秒、衝突地点まで約三・九七秒を要することになり、その間の急制動による減速状況をも考慮して、前記信号サイクル(青信号の後、黄色信号四秒、全赤信号二秒)に照らすと、被告荒井が甲道路を進行するに伴い、対面信号の表示は、(1)別紙図面〈2〉の地点で青から黄色に変わり、その後、(2)停止線通過時にも黄色であつたが、(3)交差点内に進入した時点では、黄色か赤か必ずしもはつきりしないものの、(4)別紙図面〈4〉の地点で啓子と衝突したときには全赤状態になつていたものと推認できる。

これに対し、啓子が本件交差点内に進入を開始した時点では、被告荒井の対面信号が青または黄色であるかぎり、これと交差する啓子側の対面信号が青となることはないから、その信号表示は、前記認定のとおり、赤であつたことが明らかである。

3  そして、被告荒井が別紙図面〈2〉の地点において、対面信号が黄色に変わるのを認めた時点では、停止線まで五〇・四メートルを残しており、十分停止することができたにもかかわらず、停止線を越えて本件交差点内に進入したことについての過失責任を問われることは否定できないが、甲道路〔更正決定 乙道路〕の幅員を考えれば、そのまま通過できたはずであり、その場合の過失をそれほど重視することはできないというべきである。これに対し、啓子については、信号機により交通整理の行われている交差点道路においては、そもそも横断は禁止されているのであるから、対面する赤信号を無視して本件交差点を横断したことについての過失は極めて大きいといわねばならず、被告荒井と啓子の過失の双方を対比して勘案すると、啓子の年齢等を考慮しても、その三五パーセントを過失相殺によつて減ずるのが相当である。

二  被告らの運行供用者責任について

証拠(乙一三)によれば、本件加害車両の車検証上の使用者名義は被告会社にあるが、右車両は、被告会社から児島秀郎が経営する会社(名称不詳、以下「訴外会社」という。)が買い受け、訴外会社からさらに被告荒井が買い受けて、代金も被告荒井から訴外会社、訴外会社から被告会社へと毎月支払われており、保険料を含めた加害車両の維持費等についても、実質的には被告荒井が負担する関係にあり、順調に行けばあと一年半ほどで支払が終了し、被告荒井が所有名義を取得する予定でいたのであり、本件事故当時、加害車両を現実に使用していたのは被告荒井だけであつたことが認められ、これに反する証拠はない。

右の事実によれば、被告荒井については、加害車両についての運行支配及び運行利益を有していたものといい得るから、自賠法三条の運行供用者に当たるというべきであるが、その反面、被告会社については、形式的に使用者名義が残存するだけであり、自賠法二条三項の「保有者」であるとはいえても、被告会社が運行支配及び運行利益を有しているとはいえないから、運行供用者にはあたらないというべきである(ただ、本件において、被告会社が被告荒井の所有者であること及び被告会社が被告荒井の生じさせた本件事故について、民法七一五条の使用者責任を負担すべきことはいずれも当事者間に争いがないから、この点が被告会社の法的責任を肯定することの妨げにはならない。)。

三  原告らの損害額について

1  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

証拠(甲六、七、八の1ないし6、九の1、2、一〇、一一、一二の1ないし4、一三の1ないし4、一五の1ないし4、一九の1ないし3、二〇)によれば、原告らが啓子の葬儀に関連して一二〇万円を越える費用を支出し、今後さらに墓地建立費等として相当額の支出を要することが認められるが、このうち、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として、被告らに負担させるべき額としては一二〇万円が相当である。

2  交通費 二三万九一七七円

証拠(甲四、五の1ないし6)によれば、原告らは、啓子が死亡したことにより、原告みどりが留学先の米国から帰国した際の交通費として二三万九一七七円、近親者らが葬儀に参列した際の交通費として五五万円(一人五万円、一一人分)、を各支出したことが認められるが、このうち、本件事故と相当因果関係のある交通費として、被告らに負担させるべき額としては原告みどりの交通費分二三万九一七七円が相当である。

3  文書(死亡診断書)費 二万〇〇〇〇円

証拠(甲二、三、一六)によれば、右のとおり認められる。

4  物損(自転車) 二万〇〇〇〇円

証拠(甲一四、乙一、九、弁論の全趣旨)によれば、本件事故当時啓子が使用していた自転車の所有者は啓子であつたが、右自転車は本件事故により全損となつたこと、右自転車の事故当時の価額は明らかでないものの、原告らが新たに同程度の自転車を購入した際、代金として三万九〇〇〇円を支出したことが認められるところ、このうち本件事故による物損として被告らに負担させるべき額としては二万円が相当である。

5  逸失利益 二五三〇万七八五三円〔更正決定 二五八一万七六一一円〕

啓子は、本件事故当時、四九歳の主婦として家事労働に従事していたものであるが、本件事故がなければ、今後六七歳までの一八年間就労可能であり、その間、少なくとも平成五年度女子労働者全年齢平均の賃金センサスによる年間三一五万五三〇〇円の収入を得ることができたから、右金額を基礎とし、生活費の控除率を三〇パーセントとして、ライプニツツ方式(係数一一・六八九)により啓子の逸失利益を算定すると、次式のとおり、二五八一万七六一一円となる。

三一五万五三〇〇円×(一-〇・三)×一一・六八九=二五八一万七六一一円(一円未満切捨て)

6  死亡慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

本件事故により啓子自身が被つた肉体的及び精神的苦痛の大きさに加え、結果の重大性、肉親を突然奪われた原告らの無念さ、本件事故態様、その他本件に顕われた諸般の事情を総合して斟酌すると、啓子の死亡による慰謝料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

7  右合計 四六七八万七〇三〇円〔更正決定 四七二九万六七八八円〕

三  過失相殺〔更正決定 四 過失相殺〕

前記二の〔更正決定 前記三〕の損害額から、前記のとおり三五パーセントを控除すると、三〇四一万一五六九円〔更正決定 三〇七四万二九一二円〕(一円未満切捨て)となる。

四  損害の填補〔更正決定 五 損害の填補〕

原告らが自賠責保険から合計二九二一万三九七七円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の損害額は、一一九万七五九二円〔更正決定 一五二万八九三五円〕となる。

五  弁護士費用〔更正決定 六 弁護士費用〕 一二万〇〇〇〇円

本件事案〔更正決定 本件事案〕の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、原告幹郎につき六万円、同みどり及び同茂につき各三万円と認めるのが相当である。

第四結論(認容額一三一万七五九二円〔更正決定 一六四万八九三五円〕)

以上によれば、原告らの請求は、原告幹郎につき六五万八七九六円、同みどり及び同茂につき各三二万九三九八円〔更正決定 原告幹郎につき八二万四四六七円、同みどり及び同茂につき各四一万二二三三円(各一円未満切捨て。切捨後の認容額一六四万八九三三円)〕、並びにこれらに対する不法行為の日である平成五年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから、いずれも棄却すべきである。

(裁判官 河田泰常)

別紙図面第二

〈省略〉

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